よく、「O型は自由奔放で人を裏切る」とか言われたりするが、
O型である私からするとそうじゃない。
苦しみから逃れるために、最初から「別れを覚悟」しているだけだ。
生物は必ず死ぬ。
モノは壊れたり紛失したりする。
自分の期待にそぐわないことがある。
大切な人やモノが亡くなったら悲しいが、泣いたって蘇らない。
人やモノに依存したり執着したり勝手な期待をしたりしていると、
別れた時の苦しみは果てしない。
その苦しみから少しでも逃れるため、
依存や執着や勝手な期待を捨て、
最初から別れを覚悟するという準備をしているだけだ。
依存や執着や勝手な期待を「愛」と称する人がいる。
私はそれを愛と呼ばない。
では「愛」とは何なのか。
私は「思いやる心」を愛と呼ぶ。
自分のもとから旅立っていこうとする人間に対し、
依存や執着や勝手な期待をしていると、自分のエゴが働き、旅立たないで欲しいと思ってしまう。
一方、思いやる心があれば、相手が旅立ちたいという気持ちを認めることができる。
ギアは常にニュートラルに入れておき、別れや期待外れに対応するのだ。
このように申すと、「お前はドライで薄情で冷たい奴だ」と言われるが、
そうじゃない。
自分で言うのはとても恥ずかしいが、
最初から別れを覚悟するのは「別れたくない」の裏返しであり、
関係が続く限り、勝手な期待を持たず、相手を思いやるからこそ、
一つ一つの約束、
一件一件の仕事、
一瞬一瞬の時間に、
全力を注ぐ。
そういった「情熱」は持っているつもりだ。