「この人に就いていこう」
歴史を遡っても、
現代においても、
どの主君に就いていくかは、
自分が自分で決めるものだと思います。
そして、
この人に就いていこうと、一度決めた主君でも、
就いて行った後に「あれ?違うな」と思ったら、
慣性の法則でもあるまいし、いつまでも従っている縛りはない。
自分の心が離れてしまったら、その主君から離れてもいいと思うんだ。
そのように離れていった人物のことを、その主君は裏切り者と呼ぶかも知れない。
そう呼ばれても仕方がない。
確かに、裏切り者なのであろう。
だが、離れてしまった心に罪は無い。
離れた原因が自分の中で明確なのであれば、
他人がとやかく言うことではない。
主君がとやかく言うことではない。
悪政を敷いた国は亡びる。
歴史が物語っている。
どの主君に就いていくかは、自分自身で選択できるものなのだ。